本能寺の変当日、月は出ていたか?…NHK大河「真田丸」の描写に疑問…

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回を重ねるごとに”三谷節”が出てきたNHK大河ドラマ「真田丸」。
歴史好きの私としては今年は楽しめそうな予感です。

しかし昨日(2016/1/31)の放送で描かれた本能寺の変、その演出に気になる点がありました。
事件の直前、煌々と明るい月が黒い雲間に隠れる、というシーンです。

太陰暦では毎月一日の夜は闇夜!

井沢元彦著「逆説の日本史」第1巻からの引用です。

p71 〜織田信長の殺されたのは天正十年(1582)六月一日(正確には二日未明)であるが、この日、京都は闇夜だったかどうか?

〜昔の暦を知ってる人にとっては、こんな簡単な人を馬鹿にした問題はない。

答えは闇夜である。
少なくとも月は出ていない。

〜では、どうして月が出ていないとわかるのか。
一日(ついたち)だからである。

太陰暦は月の満ち欠けに合わせた暦である。だから一日、二日は「月がほとんど欠けて」見えない。


p73 〜知っている人にとっては当たり前のことだが、残念ながら今の歴史のカリキュラムの中には暦法は入っていない。

〜しかし、これは古代から明治直前まで通用する重要な基礎知識だ。

まずそういうことをきちんと教えるのが、真の歴史教育だと思うが、どうだろうか?

脚本家の三谷幸喜さんはマニアックそうなイメージがあるのでこういう事実もご存知かと思うのですが…。それとも製作サイドの仕業なのでしょうか。別の意図があったのか…

テレビ時代劇の弊害?

数年前の放送ですが、ハイヒールがMCを務めるビーバップハイヒールというテレビ番組で、「弘法も筆の誤り」のエピソードに絡めた、空海が筆を投げる場面の再現VTRを見ました。
平安時代初期の話ですから、鳴くよウグイス〜の後で、西暦800年代の話です。

そのVTRの中で、見物に来ていた群衆の中に月代(さかやき)を剃った、明らかに江戸の町民風の、どう見ても岡っ引きやかわら版配りのような格好をした人がいました。

江戸時代といえば1600〜1800年代ですから平安初期とは約1000年の隔たりがあります。
江戸時代人なんて、平安時代の人から見たら奇抜な出で立ちの未来人です。タイムスクープハンターです。

VTRを作った制作会社、テレビ局、誰もおかしいと思わなかったとしたら少々問題だと思います。

これって銭形平次や遠山の金さん、暴れん坊将軍といったテレビ時代劇の影響なのでしょうか。明治維新より前はどの時代も月代を剃って髷を結っていたという思い込みが生じているのではないでしょうか。

フィクションの是非

太陰暦にしろ、衣装や頭髪にしろ、その時代を生きる人にとっては常識中の常識のはずです。

思い込みや決めつけ、自分たちの常識の勝手な当てはめで、それらを無茶苦茶にして良いとは思いません。

テレビだし、エンターテインメントの世界ですから多少の味付けがあってもいいとは思いますが、テレビの影響力でこれらのことがまた思い込みや誤解を生み、負の連鎖になっていくような気がします。

明らかな史実に対しては極度のフィクション入れないほうが良いと思います。しかもそれが意図して狙ったものならまだ良いのですが、ただ単に知らなかっただけ、というのは・・・

私はこんな些細なことがいちいち気になる性分で、フラストレーションがたまることこの上ありません^^;
このブログが発散の場になってしまいそうです。