個性は無理に出すものではない・にじみ出てしまうものだ

 

Illustration;iPad Pro,Apple Pencil,Procreateapp

自然な個性を目指せ!

出そうとして出す個性はあざといものである。

出そうとしなくてもにじみ出てしまうもの、
無理に頑張ったり奇をてらうのではなく、なぜかこうなってしまうというのが自然な個性であると思う。

本人はあくまでノーマルのつもりだが、他人から見ると自然と際立つもの。
それこそ磨くべきものではないか。

Sさんはキャラが際立つ人気者

Bさんはこだわり細かい慎重派

Mさんは天邪鬼でマニアック

これらすべて自分だけではなかなか気づかない。人に言われて初めてそうなのかと思う。
自分では当たり前すぎて何でもないように思っていること、そこに個性の芽がある。 

「自分ってフツーじゃないのか」
「まわりにそう見られてるのか」

と気づくことが出来ればそれが武器になる。
気づくことが出来たなら次は意識してみる。
さらにそこをもっとうまく際立たせるよう磨く。

他人をうらやんでマネしてもホンモノの個性にはなり得ない。
自分だけの個性を見つけ、磨くべきだ。

わからないなら聞くべし

個性が大事といっても別に無理して尖ることはない。
受け入れられつつ、かつにじみ出てしまう個性こそ大事だ。

前述の通り、個性は他人との比較の中で認識される。

自分がどう際立っているのかを知るには、まずは周りに聞いてみるのが手っ取り早い。
聞いた結果「コイツずっとそう思ってたんかい!」となるかも知れない。
思惑と違うショッキングな回答もあるかも知れないが、それを受け入れよう。

人に聞くのが難しければ、こういった適性検査もある。

 
 

もっているものに肉付けを

私自身、たとえば絵を描くことに関して
「あんな風に描けたら」とか
「あの人にはとてもかなわない、自分なんて下手くそだ」
と思うことしばしばである。

税理士業務にしても、組織再編や移転価格などは全くできない。

しかし自分が気にするほど、
「向井さんの絵はこの人より劣るね」
とか
「向井さんは合併や分割がわからないんだね」
と思われていることは少ない 。ゼロではないかも知れないが。 

自分に欠けていることは自分で意識しやすく、ついつい気にしすぎる傾向にある。
そこを気にし出すと劣等感や無力感にさいなまれるだけである。

欠けていることを埋めるより、今あるものに肉付けする方がいい。人生にはそんなに時間がない。 

ブログは個性判定装置

ブログを更新し続けているとイヤでもその人なりの「クセ」が出てくる。クセこそ個性である。

素晴らしいのは、ブログを読んでもらう事で他人に個性の判定がしてもらえることである。

実際に会って話すだけではわからない個性が、文章を読めばわかる。
文章は確かなアウトプットだが、会って話すことには不確定要素が多い。
たとえば無口でシャイな人間なら初対面でほとんどしゃべれないかも知れないし、ネコを被るかも知れない。
そうすると個性が見えない。「無口な人だね」で終わってしまう。

ブログを始めて1年と少し、毎日更新は途切れてしまって偉そうなことは言えないが、上述のような恩恵は確実に感じている。

”山ちゃんはガキ使やめへんで!”ではないが、私は途切れ途切れでもブログはやめへん所存である。